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2017/08
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震災から3ヶ月が過ぎて。
昨日、3.11の大震災から3ヶ月が過ぎました。
14時46分、少し時間が経過してからですが、しばしの間黙祷しました。

今朝、テレビでは、関口宏さんの番組(サンデーモーニング)が、ここ気仙沼から中継していました。

地震の後の大津波、そして大火災。
海上の石油タンク22基からの発火は、まるで仕掛け花火のようでした。
それが、沿岸の住宅地に延焼し、またあちこちで起こる住宅火災・山火事で
完全に鎮火したのは12日目だそうです。

震災の数日後、東京消防庁の消防車が30数台、
バイパスを走るのを実家から見たのを思い出しました。

戦争は知りませんが、焼け出された街並みは、まさしく終戦後の焼け野原のようです。


今は毎日、瓦礫撤去の大型ダンプが店の横を通っていきます。
仮集積場へ運んでいるのです。
大分以前の街並みに戻りつつありますが、一歩奥地へ入るとまだまだ時間がかかりそうな状況です。
真夏の暑さが来る前に、撤去作業が終われば良いと思いますが・・・。


私は震災後、まだ市の中心街へ行っていません。
店にいることが多いため、出かける機会も少ないと思うのですが
なぜか足が向きません。

休みの時でも、行こうと思えば行けるのに、そういう気持ちになれないのです。
震災後1週間のとき、瓦礫の中を車で通過しましたが、どこを走っているのかもわからないほどでした。
必要に迫られれば行くこともあると思いますが、今はまだ「見たくない」のが本音でしょうか・・・

昔からの街並みが変わり果てた姿を見たくない。
テレビの映像だけでも十分に見ているから・・・


この2ヶ月間、物資の提供をしながら店をやっていて、いろんな方のお話を聴きました。
津波までの時間が1時間くらいあったために、家に戻ったとか・・・
何かを取りに戻ったとか、家族を迎えに行ったりして・・・とか・・・

生と死は、紙一重です。
生かされた命は大切にしたいですね。


震災から3ヶ月が過ぎ、自分たちが出来た支援も、
そろそろ一区切りなのかな・・・と思う昨今です。


最後に、一年前の桜の季節の気仙沼湾の写真があったのでアップしておきます。 

100503_135347ー1 

こんな光景が見れるのはいつのことでしょうか・・・
                                               w46.gifcol48.jpg


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震災前と今。
こんにちは。

すっかり間が空いてしまいました。
相変わらず、自宅の電話はまだ不通のため、ネットが使えません。
どうも、あとひと月はかかりそうです。

でも、直接被災した地域は、ようやく電気が通じるようになった、というので
贅沢は言ってられません。
震災後、携帯電話のありがたさをヒシヒシと感じる日々です。
固定電話が通じない不便さより、ネットが使えない不便さのほうが大きいですからね

そんな事情もあり、ブログの更新がなかなか出来ません。
今朝は、店に早く来たので、久々に更新しています。
もっと震災に関する記事も書きたかったのですが、そんな理由があって思うように書けません。


震災前とその後の、店から写した写真があります。 

 IMG_2053.jpg 
店をメインに写したので、あまり遠くの様子はわかりませんが・・・

先月のオープン前、4月中旬の様子。
 IMG_9897.jpg 
ここから100mくらい先まで、津波が押し寄せ、海岸沿い一帯の集落は
すべて壊滅してしまいました。
数日後には、道路は確保されましたが、瓦礫の山は一向に減りません。
手前の道路もかろうじて残っていますが、両サイドの下はえぐれて壊滅状態です。

以前は見えなかった海が、ここまで見えるようになったのです。
小さな島らしきものがあったことに気づきました。


そして、今朝の様子。
 IMG_9141.jpg 
大きな瓦礫は、徐々に撤去されてきているようですが、まだまだ流出した家屋は、そのままです。


ボランティアの方たちが全国から来市して、撤去作業を手伝っています。

先日は、 東京から一日だけど・・・と、ボランティア活動で来たという女子大生くらいの方が
お世話人の方と一緒に来店し、記念にと、おみやげを買って行かれました。


そんな方たちが、GW中、あちこちの被災地で頑張ってくださっています。
ありがたいことです。


自分は、この場所で、古着の無料提供や日用品の提供ということしか出来ませんが
それでも、 「助かります」「ありがとうございます」と言ってくださるので
もうしばらくは、継続していきたいと思っています。

そして、手づくり品のあたたかさやぬくもりを感じていただいていると
やって良かった・・・そう思う昨今です。


まだ始まったばかり、これからです。                
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ご心配ありがとうございました。
おはようございます。

今朝は、実家のパソコンから書いています。
我が家はまだ水道、電話が通じず、ネットも使えない状態です。
ケータイ(ソフトバンク)も、思うように送受信が出来ないため
みなさんからメールやコメントをいただいても、返信も出来ない状態です。

ご心配をおかけしました。
たくさんのメッセージをありがとうございました。


テレビやネットを見れる環境の方のほうが詳しいかと思いますが
今回の、東日本大震災で、ここ気仙沼の市街地の1/3は壊滅状態になり
海岸沿いの地域は津波と火災でほとんどがゴーストタウンになってしまいました。

テレビもケーブルTVを契約していたため、TV局の壊滅により映らない状態です。
テレビもパソコンもケータイも思うように使えない今、静かに復旧を待つのみです。


3月11日、14:46
地震があったとき、私は店で開店準備をしていました。
そのときは3人いたのですが、慌てて外に出ました。
その長さから、いつもの地震ではないのがわかりました。
しばらくは身動きできず、広い空き地で揺れが止まるのを待っていました。
車や電柱が大きく波打つように揺れるのがわかりました。

治まって中に入ると、思いの外被害はなかったです。
引き出しがいくつか飛び出し、陶器類が少し転がる程度でした。
改めてしっかりした構造の店だなと感じました。
陶器類をみな床に集め、コンセント類をみな抜いて、家に戻りました。

家までは車で5分ほどですが、長く感じました。
でも、まだ混雑はしていません。


近所の人たちが外に出ていたので、話をしているうちにも余震がありました。

間もなく、どこかの工場が崩壊し噴煙が上がるにが見えました。
下に見える道路に車の渋滞が見えたと思ったら
それは家と車が津波によって上流に流されている光景でした。

知り合いの・・・同じ地区の家が流されているのが見えました。

みな、一斉に
「逃げろ~!!」

そう言って、車からカバンだけを取り出して、近くの児童館に走りました。

幸い、我が家は高台にあり、津波が到達するとはこれまでは考えたこともありませんでした。
しかし、生まれてこの方見たことのない光景に、何がどうなるのか予想もつきません。


児童館に着いたのは、15時半過ぎだったと思います。
避難した人たちが大勢いました。

崩壊した家とがれきと海と化した下界が見えました。


改めて津波の怖さを目の当たりにしたのです。

とにかく、逃げることが出来たのでほっとしました。


ネットが復旧したら、写真も載せたいと思います。



当日の、避難するまでの様子を書きましたが
こんな恵まれた自分とは裏腹に、
どんどん津波の被害に遭った方達が数千人もいたのです。


地震から半月以上経ちました。
街は、道路だけは通れるようになりましたが、まだまだがれきの山です。


自宅のすぐ下まで来た津波
店の数百メートル先は崩壊した集落。

本当に私は恵まれています。


つづく


ほのぼの時計 わくわく版
いらっしゃいませ♪
ご来店ありがとうございます。
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